北海道の南東に位置し、太平洋に面する浦幌町。
山林が7割を占め、『十勝』という名称でイメージするとおりの雄大な情景が広がるまち。
浦幌町の食料自給率は……驚きの3171%!
山のもの、海のもの、畑のもの、すべてが豊富に揃っています。
豊かな自然を生かした一次産業を中心としたまちを支える仕事に加え、近年は地元産のブランド開発なども盛んになってきています。
人口は4200人ほどで、ほかの地方同様、人口減少問題や担い手不足などの課題を抱えるまちですが、移住者やUターンの若者が増えてきている現状を実感してきている町民も多いようです。
そんな状況に加え、昨年5月には十勝管内の現職首長では最年少となる町長が誕生しました。
まさに、新たな拡がりの輪の中心にいる井上亨町長に『まちの現状・これからのまちづくり』についてお話を伺いました。
立場は変わっても、変わらない取り組み
出身は帯広市で、高校卒業後の1993年に浦幌町役場に入職。
農水産課(現在の産業課)を皮切りに、財政、まちづくり政策、支所、環境衛生など8課13の係を経験して、在職30年の節目の年である昨年に町長に就任しました。
浦幌町のまちづくりを語るうえで、はずせない取り組みのひとつに『うらほろスタイル』という町独自の教育プログラムが挙げられます。
町内の浦幌高校が2010年に閉校となると、中学卒業を機に、まちを離れるこどもの数が加速。
こうした流れへの危機感から官民協働で導入されたのが、小学校から中学校までの9年間、地元のことをしっかり知り、まちへの愛着を育んでいくプログラムを構成した『うらほろスタイル』という取り組みです。
故郷の農林水産業や歴史について学び、小学5年時には、一次産業に従事するお家に宿泊をしながら、実際のしごとを体験する民泊体験事業も行っています。
うらほろスタイルが始まった当初は、ご自身のお子さんも小学生だったことから「当時は、職員としてというよりも、親としての立場で関わっていました」と井上町長はいいます。
そして、「(うらほろスタイルを軸に)まちに戻ってきている若者は一部とはいえ、数は明らかに増えていると思います。都会一択ではなく、まちに誇りを持って、今後も浦幌でも何かできることがあるって思ってもらえるようにしていきたい」と井上町長。
最初は親として、その後は職員として、現在はまちの首長として関わってきた取り組みに確かな手応えを感じているようです。
対話を大事にしたい
町長就任からもうすぐ1年が経とうとしていますが、そのあいだ「町民との対話を大事にしていきたい」という言葉をよく耳にしました。
その言葉の真意を伺うと、掲げているまちづくり政策のひとつ『誰もが安心・安全に暮らすことができるまちづくり』への思いに紐づいていると感じました。
「生活をするうえで、不安を減らすことが安心や安全につながると思っています。不安は何が起こるかわからないという恐怖心。当然、人によってその不安はさまざまです。相手の不安の中身もわからないで政策を進めるよりも、何が不安なのかを相談する場面を作ることこそが、行政の役割だと思います。だからこそ、対話する場面を増やすことが大事だと考えています」
その言葉どおり、夏から秋にかけての8月〜11月には『町長とふれあいトーク』と題し、各地区の公民館にみずから足を運び、町民との対話の場を設けてきました。
そして、その対話の重要性は役場職員に対しても同様に向けられました。
職員に向けてのコラムや、年末年始などの節目となるタイミングに行う挨拶などを通してメッセージを届けているそうです。
「人口減少ってそんな甘くないぞとか、なるべく課題を共有したいし、下の世代がビジョンを把握しやすいようにね」
そんな姿勢に感化された職員の意識の変化を、少しずつ感じているといいます。
「うらほろスタイルって名前は知っているけど、実際どういう取り組みかっていうのをよくわかっていない職員もいる。そういった若い職員からの発案で、うらほろスタイルの取り組みを学ぶ研修会を職員向けにやってほしいという声があり、実現しました」
まちの現状にしっかりと目を向けていくと、まちの課題が自分事になっていき、まちづくりは誰かがやるものではなく、みんなで共に創っていくものだということに気づけるのかもしれません。
まちとまちの繋がりを育む研修
また、町長は浦幌町だけでなく他地域を知ることも重要だと仰っています。
ここからは、役場職員の研修事業を担当している総務課・職員係長の前川直之さんにもお話を伺いました。
「僕は職員係といって職員の採用だったり、職員向けの研修を担当しています。研修を企画するうえで、いろんな知識や知る場面を提供したいというのがあり、僕自身が徳島県の神山町に研修に行かせてもらったことが大きなターニングポイントだったと思います。若い人にいろんな現場に行ってもらい、見て、聞いて、肌で感じてほしいなという気持ちで取り組んでいます」
前川さんは、今から7年前の2017年に職員研修で徳島県の神山町を訪れていました。
神山町のことは、訪れる前から講演や学習会を通じて知っていたといいます。その時すでに、過疎地域の先進モデルとして有名になっていたこともあり、雲の上の存在のように感じていたそうです。
「行政の立場として、どんなサポートをしたら喜ばれるのかというのを聞きたかった。もともと住んでいる町民の方や、移住してサテライトオフィスで働いている方など、いろんな方の話を聞かせてもらうなかで、人が人を呼んでいるんだなという印象を持ちました。他の地域から注目されるようになる前には、いろんな段階を経ていて、ひとつひとつの話を聞いていくと浦幌でもできるなって思ったんです。
神山町のまちづくりの根幹となっているNPO法人グリーンバレーの理事の方々とも交流させていただきながらお話させてもらったのは貴重な時間でした。
僕が特に印象に残っている言葉が、当時の理事長の大南さんの『すきなまちに“て”を加えると、すてきなまちになる』という言葉です。その言葉を聞いて、役場のなかで自分ができることを考えるようになりました」
また、こんな嬉しい驚きもあったそう。
「僕が北海道から来ましたっていうと『あぁ、浦幌町?』という返事が返ってきて、びっくりしました(笑)。浦幌町のことを知ってくださっている方々がいて、お話していて改めて、浦幌町の良さを外に行ったことで感じたし、誇りをもてるようになりました」
協働のまちへの道筋
職員係として採用にも携わっている前川さんは、どういった人材が浦幌町に必要だと考えているのでしょうか。
「何事も前向きに捉えられる人。できない理由よりできる方法を探って考えていける人ですね」
そんな前川さんも、外から人が来ている流れを実感しているひとりだといいます。
「浦幌にいても最先端とつながれると感じています。あとは、中継役として外の人が町民と町民をつなげている役割を担ってくれているのかなって思います」
入ってくる人の流れを感じる一方で、こんな懸念も伝えてくれました。
「いま課長職に就いている方々が、この2・3年で10名ほど退職してしまいます。そうなった時に、いまの若い人たちも課長たちが背負ってきてくれた部分をひとりひとり責任を持ってやっていかないと、まちが停滞してしまうという危機感を感じています。
ただ同時に、新しい人が活躍できる場面があるのかなとも思います。町長からのメッセージもしっかり職員に届いている」
トップが道筋をつくってくれていること、外の人が中継役となっていること、職員のモチベーションが上がっていること、この3つの流れがキーポイントとなって、協働のまちに近づいていることを感じていると前川さんは語ってくれました。
職場の同期ではなく、地域の同期
ふたたび井上町長に登場していただき、若者へのメッセージを頂きました。
「浦幌町はいまサードプレイスが多いと思っていて、スポーツ、趣味、ワークショップ、DIY、料理教室など、つながれる場所がたくさんあります。
そういうところとつながっていけば、職場だけじゃない別のコミュニティができていく。
決して無機質なまちではないです。
わたし自身、仕事以外でも行政区、小中学校PTA、サッカー少年団など、地域活動やこどもの成長に伴うさまざまな行事のなかで得た交流とつながりはとても大切な宝物です。
人とのつながりがどれだけ有利かということを感じてほしいと思っています」
それは、職場の同期ではなく、地域の同期をつくるという感覚に近いのかもしれません。
「浦幌町は決して無機質ではないまち」
その力強い言葉が心に残る、井上町長との対話時間でした。