山口県で「光と風と木の住まい」をつくり続けてきた、株式会社原工務店。
1968年創業、会社設立は1980年。半世紀以上にわたって、地域に根ざした家づくりを続けてきた工務店です。
その原工務店で、2026年4月に代表取締役へ就任するのが、今年30歳になった村谷亮太さん。 BAMBOOメンバーの中で最年少の経営者です。(2026年1月時点)
幼い頃から「原工務店の孫」として家業を見てきた彼が、なぜ一度はIT企業で東京のキャリアを選び、それでも山口に戻り、事業承継という重たいバトンを引き受けることを決めたのか。
その背景には、「家族」と「仲間」と「地域」に対する、まっすぐな眼差しがありました。
「初孫」として見てきた、ものづくりの原風景

村谷さんは、創業者のおじいさまにとっての ”初孫・初めての男の子” として生まれました。
物心ついた頃から、会社のイベントや現場に連れて行ってもらい、職人さんたちに囲まれて育ちました。
「一番最初の記憶は、じいちゃんに現場に連れて行ってもらっていたことですね。3歳くらいの頃から、現場の空気や木の匂いを、身体で覚えていました。」
おじいさまは大工として独立し、”いい家を、本気でつくりたい” と原工務店を立ち上げた人。
利益よりも、ものづくりの誠実さを貫いてきたその背中は、幼い村谷さんの原風景になっていきます。
サッカーに夢中だった少年時代と、「仲間」に鍛えられた学生時代

小学生から高校まで、サッカーに打ち込んだ村谷さん。幼少期から ”仲間と一緒に目標に向かう経験” を積み重ねてきました。
一方で、勉強もそつなくこなし、地元の進学校へ進学。
大学は 家業も意識しながら、自分の好きな『家』に関われる道を と考え、建築系の学部へ進みます。
大学時代、大きな転機となったのが、社会人と学生が一緒に学ぶ就活・インターン系のコミュニティに飛び込んだことでした。
「毎週のように、社会人の先輩からロジカルシンキングや面接対策を学んで、企業の説明会も学生側で企画して集客する。大人の話を聞くのが好きだったのもあり、この活動にどハマりしました。」
仲間と共にイベントを企画し、企業と学生をつなぐ。
その経験は、”人に伝えることで、自分の学びが深まる” ことを体感する時間となりました。
この頃、家業を意識しつつも、”まずは自分の力で、別の世界に挑戦したい” という思いから、IT企業への就職を選びます。
東京のIT企業での充実と、コロナ禍で届いた一本の電話

大学卒業後は、東京のITベンチャー企業へ。
同期や先輩にも恵まれ、ワクワクするような毎日。30歳くらいまで東京で働くだろうと、漠然と思っていたといいます。
そんな中で起きたのが、新型コロナウイルスの流行でした。
「就職2年目のタイミングで、じいちゃんと母から電話がきたんです。『戻ってくる気はあるか?』って、初めて真剣に聞かれました。」
コロナ禍で先行きが見えない中、建築業界も材料不足や先行きの不安に揺れていました。
原工務店も例外ではなく、”これからをどうしていくか” を考えなければいけない局面に立たされていました。
東京でのキャリアをこのまま続けるのか。それとも、家業に戻るのか。すぐには決められず、1年ほど悩み続けます。その間、パートナーとも何度も話し合いを重ねました。
「結局、自分の本音として ”社長をやってみたい” という気持ちがあったんだと思います。
その気持ちを正直に話したら、『それなら応援するよ』”て背中を押してくれました。」
『戻ってダメだったら、また働けばいい』と言ってくれる友人や先輩たちの存在もあり、村谷さんは地元山口へのUターンを決意します。
家族の葛藤ごと引き受ける、という決断

原工務店の歴史は、決して順風満帆なものばかりではありませんでした。
時代の変化や事業環境の波の中で、経営体制や意思決定のあり方を見直さなければならない局面も、幾度となく訪れてきたといいます。
そうした転換期のなかで、現場を支え続けてきたのは、長く共に歩んできた社員のみなさんでした。村谷さんは、その存在をこう振り返ります。
「社員たちは、会社のいろんな局面を見てきてくれています。それでも支え続けてくれた仲間がいるから、原工務店は今もここにあると思います。」
そして村谷さんは、原工務店を “もう一度前に進める” ために、自らが責任を引き受ける覚悟を固めていきます。
「この5年間は、”仲間たちを守りたい” という気持ちだけで踏ん張ってきた気がします。」
と、村谷さんの口から自然と出てくる言葉は、『社員』ではなく『仲間』。そこには、共に会社を支えてきた人たちへの、深い敬意が込められていました。
「原の家」に込められた、暮らしと記憶へのまなざし

原工務店の家づくりのコンセプトは「自然に適応した本物の住まいづくり」。
木の年輪のように、時間とともに味わいを増していく自然素材の家と、その家で紡がれる家族の記憶を大切にし、家族が健やかに暮らすことができ、気持ちのいい家であり、「安心・安全・快適」に穏やかな日々を過ごせる、住むほどに愛着のわく、そんな住まいをつくることを目指しています。
”自然素材にこだわって、木の経年変化を楽しんでもらう。そこで暮らす家族の思い出を、ずっと一緒に見守っていくような家でありたい。”
実際に、原工務店にはこんな事例があります。
・おじいちゃん世代が原工務店で新築
・その子ども世代が、自分の家も原工務店で新築
・さらに、その孫世代も原工務店に依頼して家を建てる
同じ工務店が、三世代にわたって家づくりを任されるというのは、簡単なことではありません。
家そのものの性能だけでなく、”この人たちになら、家族の暮らしを託したい” と思ってもらえる信頼の積み重ねがあってこそです。
「時代が移り変わっても、人と人との関係が続いていくところが、原工務店の一番の宝だと思っています。」
村谷さんのこの言葉は、家づくりを建てて終わりの仕事ではなく、暮らしと関係が続いていく営みとして捉えていることを、静かに物語っています。家を通して育まれてきた人と人のつながりこそが、原工務店の土台なのです。
オリジナル工法「ハラテック」と、揺るがない家づくりの哲学

原工務店のもうひとつの大きな特徴が、オリジナルの構造金物工法【ハラテック】です。
阪神淡路大震災の被害状況を目の当たりにしたおじいさまが、”木造は本来強いはずなのに、なぜこんな壊れ方をするのか” と疑問を持ち、家が倒壊した現場を見て回ったことが、開発の原点だといいます。
“柱そのものではなく、接合部が壊れている。だったら、接合部を徹底的に強くする工法をつくろう。”
そうして辿り着いたのが、ダクタイル鋳鉄という、強度と耐久性に優れた素材を用いたオリジナル金物工法。京都大学との共同試験も行い、別荘や住宅など全国各地で採用されています。
”木造の可能性を信じて工夫し続ける” という姿勢は、今も原工務店の家づくりに脈々と受け継がれています。
「木を見せる化粧梁のような仕上げでも、金物の見え方まで含めて美しく納めたい。
強さと意匠性の両方にこだわるのが、原工務店らしい家づくりだと思っています。」
構造のために美しさを諦めるのでもなく、見た目のために強さを犠牲にするのでもなく、どちらも妥協しない、その姿勢が「原の家」という住まいを形にしています。
受け継がれる家をつくるために、いちばん大切なこと

『受け継がれる住まいづくり』を掲げる原工務店が、何より大切にしているのが、メンテナンスと人との関係性です。
家づくりは、完成して鍵を渡した瞬間がゴールではありません。 半年、1年、2年、5年、10年……。節目ごとに定期点検に伺い、住まいの状態を一緒に確認しながら、必要な手入れを重ねていく。その積み重ねこそが、家の寿命を延ばし、暮らしを支えていくと考えています。
「家は、建てたあと、どれだけ気にかけてもらえるかで寿命が変わると思っています。
ちょっとした不具合でも、すぐに相談してもらえる関係でいたい。」
そう語る村谷さんの言葉には、家だけでなく、住む人の暮らしに寄り添い続けたいという姿勢が滲み出ています。
つくり手が定期的に顔を出し、声をかけ、変化を見守る。
その関係があるからこそ、住まい手自身も ”この家を大切にしよう” と自然に思うようになる。手をかけ、直しながら暮らし続けた家は、単なる建物ではなく、家族の時間や記憶を受け止める存在へと育っていきます。
そしていつか、”この家で育ったから、次の世代にも残したい” そう思ってもらえること。暮らしと家族の記憶を、建物とともに次の世代へ手渡していく。そこにこそ、原工務店が大切にしてきた家づくりの本質があるように思います。
「もっくのもり」という、小さなまちの居場所

原工務店は、本社とは別に【もっくのもり】というワーク&コミュニティスペースも運営しています。
もともとは「住まいの情報館」として、打ち合わせや展示に使う場所として建てられた建物でしたが、なかなか活用しきれていなかったそうです。
そこで、コミュニティスペースとして用途を大胆に変更。
料理教室やプログラミング教室、マルシェイベントなど、地域の人たちが自由に集える場所へと生まれ変わりました。
「 ”もっくのもり” で開かれるイベントに来て、『ここ、原工務店さんがやってたんだ』と知る方も多いんです。そこからリフォームや新築につながるケースも徐々に増えてきました。」
仕事の入り口 としてだけでなく、地域の暮らしの真ん中に工務店がある。そんな関係性を、原工務店は少しずつ形にし始めています。
「失敗してもいい。最後は一緒に責任を取るから」

社内の組織づくりや人材育成について尋ねると、村谷さんは「育成というほど大したことはしていないんです」と、少し照れたように笑いながら話します。
ただし、若い仲間に対して、ひとつだけ大切にしている考え方があるといいます。
「とにかく現場に出てもらって、チャレンジしてもらうことですね。お客さまとのトラブルがあったとしても、最後は僕が責任を取る。だから、まずは自分でやってみてほしいと伝えています。」
その言葉の背景には、”失敗を通してしか得られない学びがあるという” 村谷さん自身の実感があります。
ITの世界から建築の現場へ、そして経営の立場へ。
畑の違う領域を渡り歩く中で、常に分からない側に立ちながら、飛び込むことで経験を重ねてきました。正解が見えない状況でも、まずはやってみる。その積み重ねが、視野を広げ、判断力を育ててきたと感じているからこそ、若い世代にも同じように挑戦してほしいと考えています。
「失敗してもいい。大事なのは、そこから何を学んで、次にどう生かすかだと思っています。」
そうした姿勢は、社員を管理するための “育成” というより、仲間として背中を預け合う関係性に近いものかもしれません。
「好奇心を持って、仲間を大事にしながら、のめり込んで働ける人と一緒にいたいですね。」
そう語る村谷さんの表情はとても柔らかく、原工務店という場を、安心して挑戦できる場所にしたいという想いが、まっすぐに伝わってきました。
これからの原工務店と、まちへのまなざし

これから先の10年、20年…村谷さんが思い描いているのは、新築棟数をひたすら増やしていく工務店の姿ではありません。
「家を建てること、もちろんそこを入口にしながら、新築もしくはリノベーションした物件で、宿泊業やレストランなどの他業種にもチャレンジしていき、まちの小さな場づくりを重ね、気づけばそのまちの風景の一部になっている 。」
住まいを通じて人が集い、関係性が生まれ、その積み重ねが、次の仕事や次の暮らしに繫がっていく。原工務店は、そうした循環の中に身を置く会社でありたいと語ります。
村谷さんが描く未来には、『村をつくる』という言葉が何度も登場します。それは、家を建てて終わる仕事ではなく、住まいを起点に、人が集い、働き、行き交う流れを生み出すこと。暮らしと仕事と人のつながりが循環する小さな村のような関係性を、地元に少しずつ育てていこうとしています。
BAMBOOの仲間として、伝えていきたいこと

事業承継をめぐる葛藤や、家族と会社の距離感。それは地方の中小企業にとって、とても身近で切実なテーマでありながら、当事者同士でなければ語りにくく、表に出ることの少ない話でもあります。
「僕は、事業承継の過程で、思うようにいかないことも多く経験してきたので、だからこそ、同じような境遇の経営者や、2代目・3代目の方と、気負わず、率直に話せる相手でいられたらうれしいですね。」
そう語る村谷さんの言葉には、乗り越えた人として語る強さよりも、同じ悩みを抱えた仲間として、共に悩み、共に考えようとする立ち位置が感じられました。
BAMBOOには、地域で挑戦を続ける工務店や、ものづくり企業、サービス業など、それぞれに違う背景と物語を持った仲間たちが集まっています。
世代も地域も違うからこそ、立場を超えて語り合えることがあり、そこから新しい視点や、小さなヒントが生まれていきます。
30代という若さで事業承継の渦中に立ち、迷いながら、悩みながら、それでも前に進んできた村谷さんのリアルな言葉は、これからバトンを受け取る人にとっても、そして今まさに悩みの中にいる人にとっても、きっと大きな励みになるはずです。
BAMBOOという場があるからこそ、こうした正解のない話を、安心して持ち寄ることができる。村谷さんは、その輪の中で、経験を語り合い、支え合う関係を育てていきたいと考えています。
「バンブーの仲間と一緒に、事業承継のリアルや、家族のことも含めて話せる場があれば嬉しいです。そこでまた新しい出会いが生まれていけば、こんなに心強いことはないですね。」
その言葉には、一人ではなく、仲間と歩んでいこうとする村谷さんのまっすぐな願いが込められていました。
若い世代と、先輩世代へのメッセージ
最後に、これからの社会で挑戦しようとする若者と、バトンを渡す側にいる先輩世代へのメッセージを伺いました。
▶若い世代へ
「まずは、できない理由を先に言わないこと。無理そうに見えても、一度飲み込んで ”どうやったらできるか” を考えてみてほしい。ポジティブな世界は、自分の捉え方次第でいくらでもつくれると思うんです。」
誰かを鼓舞するための強いメッセージというよりも、これまで迷いながら選択を重ねてきた村谷さん自身の実感から生まれたもののように感じました。できない理由を探す前に、一度立ち止まって考えてみる。その積み重ねが、少しずつ景色を変えていくのだと、静かに教えてもらった気がします。
▶先輩世代へ
「地域の経営者の先輩方は、本当にすごい人たちばかりです。ただ、もっと若い世代に ”助けて” と言ってもらっていいし、一回、任せてみてもいいんじゃないかとも思います。手放すのは怖いけれど、その一歩から次の景色がきっと見えてくるはずです。」
先輩世代への敬意と、次の世代への信頼が、どちらも同時に込められているように感じました。バトンを渡すことも、受け取ることも、勇気のいる決断です。けれど、その一歩があるからこそ、その先に、新たな景色が広がっていくことを感じました。
30歳で代表取締役のバトンを受け取ろうとしている村谷さん。
家族のドラマも、社員の思いも、地域の未来も、全部ひっくるめて ”自分ごと” として抱え込みながらも、どこか軽やかに笑っている姿が印象的でした。
『いい家を、本気でつくりたい』と始まった原工務店の歴史は、これからも、暮らしと記憶と仲間を大切にする若き三代目とともに、続いていきます。
家をつくること、会社を引き継ぐこと、まちに関わり続けること。そのどれも明確な正解はありません。だからこそ、迷いや葛藤も含めて語り合える仲間の存在が、何よりの支えになります。
BAMBOOは、経験を共有しながら、次の一歩を探していく対話の場です。村谷さんが語る事業承継のリアルや、ものづくりへのまっすぐな姿勢は、同じように地域で挑戦を続ける仲間たちにとって、きっと大きなヒントになるはずです。
暮らしをつくり、関係を育て、次の世代へ手渡していく。その営みを、ひとつの会社だけでなく、仲間とともに続けていくこと。原工務店のこれからは、BAMBOOという輪の中でも、新しい物語が生まれていくでしょう。

株式会社原工務店ホームページ