株式会社山田建設って?

横浜市戸塚区に拠点を構える 株式会社 山田建設。今回のインタビューの第一印象は、非常に風通しの良い、若々しいエネルギーに満ちたチームリーダーの姿でした。

取材に応じてくださったのは、3代目となる山田崇広社長(43歳)と、その右腕である椎葉勇人部長(38歳)。 5歳差という近しい世代の若い経営陣が織りなす空気感は、互いを深く信頼し合う「バディ」と呼ぶのが相応しいものでした。

人口減少や住宅着工数の減少など、建設業界に逆風が吹く現代において、「山田建設」がどのような想いで家づくりに向き合っているのか。お二人にその核心について迫りました。

ルーツと承継

山田建設の歴史は、新潟から出てきた初代が厚木の飛行基地建設に携わったことから始まります。当初は土木工事から始まりましたが、時代の流れとともに徐々に建築の方へと軸足を移していきました。その後、現在の拠点である横浜市に事務所を構え、工務店業を本格的に開始しました。

現在、舵を取る山田社長は2020年に就任。興味深いのは、「家業を継ぐ」ことを重圧ではなく、ごく自然なこととして受け入れてきた点です。 

「特別なきっかけがあったわけではないんです。会社に入った時から、いずれそうなるんだろうなと自然に受け入れていましたし、もっと言えば高校生くらいの頃から『あとつぎとしてやっていくんだ』という意識は持っていました」

学生時代を終えた後、一度は県内の別の工務店へ修行に出ましたが、それも将来、家に戻ることを前提としたロードマップの一部でした。 特筆すべきは、ご両親からの「強制」が一切なかったことです。 

「親から『継げ』と言われたことは一度もなくて、逆に『好きなことをやればいい』と言われて育ちました。でも今思えば、それが親の作戦だったのかもしれませんね(笑)。まんまとその策にはまり、この道に進むことになりました」

かつて、山田家のご実家は事務所の2階部分にありました。生活空間のすぐそばに常に仕事の風景があり、大工さんや職人さんが近くにいる環境で育ったのです。 小さい頃から現場に連れて行ってもらい、入社前には現場の手伝いで物を運んだり、風呂場の解体をしたりするなど雑仕事をして汗を流しました。そこで目にした光景は、リフォーム工事を終えて喜ぶお客様の姿でした。

「お金をいただいているのに、お客様の方から『ありがとう』と言ってもらえる。子供心に『なんていい仕事なんだろう』と感じたんです」

報酬を得て、さらに感謝までされる。この仕事の尊さを肌で感じた少年時代の記憶こそが、今の山田社長を支える揺るぎない根底となっているのです。

先代との事業承継もスムーズに行われ、代表権を完全に委譲されたことで、3代目としての新たな挑戦が始まっています。

運命的な出会い

山田社長を支える椎葉さんの経歴は異色です。熊本出身で、工業高校卒業後は「安定」を求めて海上自衛官の道へ進みました。しかし、高校時代に培った「ものづくり」への熱い想いがくすぶっていたそうです。その後、とある工務店へ転職し、10年間現場で汗を流し続けました。

※撮影時、機械は稼働させていません。(実際に加工作業はしておりません。)

椎葉さんが山田建設に入社した経緯は、まるでドラマのような巡り合わせです。 きっかけは、前の工務店時代にお世話になっていたある電気屋さんとのご縁でした。実はその方、椎葉さんの奥様の親友のお父様であり、さらに不思議なことに、その息子さんが山田社長と友人だったのです。 世間は狭いと言いますが、ここまで複雑な糸が絡み合うことは稀でしょう。その電気屋さんは、椎葉さんの腕と人柄を見込み、以前からこう勧めていたそうです。

 「椎葉くん、もっとレベルアップした方がいい。質の高い家づくりを学ぶなら、山田建設がいいぞ

当初、椎葉さんに転職の意思はありませんでした。家族もいるため、転職は大きなリスクです。しかしある時、意を決して動き出し、実は別の会社への入社がほぼ決まっていたといいます。ところが事態は急転します。 

「入社する直前になって、その会社が廃業することになったんです。前の会社には辞表を出してしまっている。一瞬、路頭に迷いかけました」

絶体絶命のピンチ。その時、頭をよぎったのが、かつてお世話になった電気屋さんの言葉でした。急いで山田建設を紹介してもらい、面接へ。不思議なことに話はトントン拍子に進み、すんなりと採用が決まりました。今から8年前のことです。

「自分で選んだというよりは、運命的な流れでここに導かれた。そう感じています」 

もし、その会社が潰れていなければ。もし、電気屋さんとの縁がなければ。今の最強のタッグは生まれていなかったかもしれません。

「社長とは趣味も合うし、実は子供が同年代で『パパ友』でもあるんです」 そう笑う椎葉さんですが、山田社長との信頼関係は絶大です。

仕事の喜び

話題を「仕事のやりがい」に向けると、山田社長は建築という仕事の根本的な魅力について語ってくれました。

「一番の喜びは、やはりお客様の喜んだ顔が見られた瞬間です」 

そう真っ直ぐに語る一方で、もう一つ強く強調したのが「チームとしての達成感」でした。建築という仕事は、規模の大小に関わらず、一つのプロジェクトに非常に多くの人間が関わります。

日々の業務の中ではその重みが当たり前になってしまいがちですが、例えば規模の大きな木造建築や、工期が極端に短い店舗工事といった困難なミッションを、チーム全員で力を合わせて成し遂げた時。山田社長は「これだよな」と、建築の本当の面白さを再確認すると言います。多くの職人やスタッフの力がパズルのようにピタリとうまくハマり、プロジェクトを完遂した時にこみ上げる喜び。それこそが、最大の醍醐味なのです。

「今は現場の実務からは少し距離を置き、経営や対外的な活動に注力しています」

と山田社長は語ります。現場の進行は基本的に信頼するスタッフに任せ、自身はあえて難しいお客様の対応など、難易度の高い局面での防波堤としての役割に徹しているそうです。

現場をスタッフに任せている分、建設系の会合や地元の法人会、工業会などに力を入れています。そこでは、地域のコミュニティづくりや良好な住環境と木造建築物の整備や維持で、地域社会に貢献することを目的とした工務店3000社ほどの全国組織、JBN(Japan Builders Network)の次世代の会の会長を務めるなど、他ではなかなかできない会社の経営的な相談をメンバー同士で行いながら山田建設の基盤を支えています。

一方、現場と経営の橋渡し役を担う椎葉さんに「仕事の喜び」を尋ねると、やはり真っ先に返ってきたのは山田社長と同じ言葉でした。 

「私も社長と全く同じで、お客様に喜んでいただけることが一番です」

さらに、仕事のやりがいは「進化し続ける家づくり」への尽きない探求心にも支えられています。 現代の建築業界は日進月歩です。新しい工法や画期的な建材が次々と生み出される中で、それらを貪欲に学び、自社の家づくりに合うか検討を重ねる。そして、その研鑽した知識をもってお客様に最善の提案を行い、ご納得いただいた上で、施工まで完璧にやり遂げる。この緻密なプロセスの先にある成功体験が、椎葉さんにとっての大きなモチベーションになっているのです。

そして何より印象的だったのは、「地域密着の工務店」で働く父親としての誇りです。

 「弊社は地域に密着して仕事をさせていただいているため、地域の方との交流の中で自分たちの存在価値を肌で感じられることも大きなやりがいです」

 そう語る椎葉さんには、心温まるもう一つの喜びがあります。それは、休日に街を歩きながら、ご自身の家族や子供たちに「これ、パパが関わった家だよ」と胸を張って見せることができること。

「それこそが、地域工務店ならではの喜びだと感じています」 そう微笑む椎葉さんの言葉には、全国規模のハウスメーカーにはない、その街の風景や人々の暮らしの一部を自分たちの手で直接作っていくという、「家守り」としての確かなプライドが宿っていました。

山田建設の強みと「家づくり」へのこだわり

 山田建設が掲げる家づくりのコンセプトは「つよくてやさしい家」。「つよくて」は耐震等級3という物理的な安心感。「やさしい」は断熱・気密性能や自然素材による暮らしの心地よさ。しかし、山田社長が最も強調したのはスペックそのものではなく、「工務店らしさ」という精神性でした。

全国的に有名な「スーパー工務店」のような派手さはありませんが、地域に根ざし、時代の変化に取り残されないよう必死に勉強し、情報を集めてきました。

山田建設のこだわり、そして「工務店らしさ」とは、「質の高いものを適正な価格で提供すること」、そして「作った後のメンテナンスや維持管理に責任を持つこと」です。さらに、大工職人や素材の生産者を大切にし、家づくりを通じて地域や社会に貢献していくこと。これらは昔ながらの地域工務店の在り方ですが、どんなに時代や社会情勢が変わっても、この姿勢だけは変えずに守り続けていきたいと考えています。

その言葉通り、山田建設では横浜という都市部にありながら多くの社員大工を抱え、自社加工場を持っています。さらに、山田社長が3代目になってから「横のつながり」が強化されました。特に他県の工務店との連携を通じて、材料への想いや使い方を深く学び、徳島の杉や静岡・浜松の杉など、顔の見える仲間がいる産地の材料を積極的に採用しています。都会にいながら、生産者の想いがこもった材料を使えることは、お客様へのアプローチとしても強みになっています。

また、スタッフに関しては頑固な人が多いそうです。それは良い意味で自分の想いを持っているということであり、設計と現場の想いがぶつかることもありますが、それを調整しながら進めています。求める人物像としては、言われたことだけをやるのではなく、主体性を持って自分で考え、失敗しても次にどうするかを考えられる人であってほしいと山田社長は願っています。

学びと業界での立ち位置

インタビューの中で、お二人が共通して非常に強い熱量を持って語ってくださったのが、外部での「学び」と「人との繋がり」についてでした。

「建設業界は情報が命です。古い情報のままでお客様に不利益を与えないよう、常に最新の状態へアップデートし続けなければなりません」

そう語る山田社長の言葉には、プロとしての強い責任感が宿っています。しかし、彼が様々な勉強会に足を運ぶ理由は、単なる知識の習得だけではありません。そこには「経営者の孤独」を分かち合う、大切な仲間との出会いがありました。 

「経営者は孤独だと言われますが、同じ立場の人と悩みや相談を共有できることは、大きな精神的な支えになります。勉強会そのものはもちろん、その後の懇親会などで語り合う時間が、明日への大きなモチベーションになっているんです」

一方で、椎葉さんの視点もまた、非常に戦略的かつ組織思いのものでした。 

「私も同様に情報を重視していますが、今年は社長、私、そして設計の鈴木の3人で手分けして様々な会に参加し、それぞれが得た情報を持ち寄って共有する体制を強化しようと話し合っています」 

組織として多角的に情報を仕入れ、それを血肉に変えていく。そんなチームプレーの意識が、山田建設の機動力を支えています。

さらに、椎葉さんならではの興味深いお話も伺えました。それは「ナンバー2同士」の交流です。 

「経営トップとナンバー2では、役割が大きく違います。そして、悩みの質が異なります。ナンバー2は資金のことなどを考えながら仕事をこなし、いかに高いモチベーションを保ってトップと同じ方向を向いて走り続けられるか。そういった話を共有できる他社の仲間との交流が、私にとって何よりの刺激になっています」

普段、社長には地域に対してのあり方を担ってもらっている分、工務店、建設業種としての生業の方をナンバー2として意識して取り組んでいるそう。また、例えば社長を立てたり、社長の意見に合わせたりするということを意識しなくても自然と敬意を持てるのは、自分の思っていることや価値観が合うからこそだと言います。

社長には社長の、右腕には右腕の、それぞれの戦い方と支え合いの形がある。 お二人がそれぞれのコミュニティで刺激を受け、それを会社に持ち帰り、再び融合させる。この健全な外部との繋がりこそが、山田建設が常にアップデートされ続けている秘訣なのだと感じました。

「攻め」の戦略と「守り」の使命感

お二人は建設業界が直面している厳しい現実、そしてそれを乗り越えるための具体的なビジョンを語ってくださいました。

「新築住宅市場は、人口減少や少子高齢化の影響で今後かなり厳しくなると予測しています。ファミリー世帯そのものが減っていく中で、これまでのように新築一本だけで生き残ることは困難です」

山田社長の分析は非常にシビアで現実的です。その危機感から、今年は大きな転換点を迎えようとしています。それが、リフォーム・リノベーション事業の抜本的な強化です。 

「これまでは営業をしなくても自然にご依頼をいただいていましたが、今はリフォーム専門業者も多く、競争が激化しています。ここへのアプローチをどう再構築していくか。それが今年の大きな目標です」 

さらに、これまでの枠にとらわれない「高性能賃貸住宅」への参入など、事業の引き出しを多角的に増やすことで、会社を持続させていく。そこには、3代目として持続可能な企業を目指す経営者の強い意志がありました。

一方で、椎葉さんが語ったのは、時代が変わっても揺らぐことのない誠実さと、さらにその先にある次世代への想いでした。 

「厳しい時代だからこそ、先輩方から学びつつ、工務店として超えてはいけない一線を守り、できることを一つひとつ真面目に取り組む。それしかありません」

そして椎葉さんは、共に学ぶ仲間であり、尊敬する小泉社長(小泉木材株式会社)、徳冨社長(株式会社ホームラボ)、鎌田社長(株式会社誉建設)といった方々の名前を挙げ、こう続けました。

 「先輩方のお子さんたちがいつか成長して、私たちと一緒に仕事ができる日が来るのを楽しみにしているんです。その時までバトンをしっかりと繋げられるよう、自分たちがこの会社を存続させること。それが今の僕たちの使命だと思っています」

自分たちの代を維持するだけでなく、次の世代が活躍できるフィールドを守り抜く。 山田社長が描く「攻め」の戦略と、椎葉さんが誓う「守り」の使命感。この両輪があるからこそ、山田建設は、この激動の時代も未来へ向かって進んでいけるのでしょう。

これからの社会で挑戦する若者たちへ

「偉そうなことは言えませんが、”人生は一度きり”だということを伝えたいです。私自身、時間が過ぎるのはあっという間だと感じています。だからこそ、後悔しないように自分のやりたいことをやるべきです。自分で選んだ道なら、たとえ失敗しても納得がいきます。仕事を好きになる努力も含め、好きなことに打ち込むことが人生を豊かにする秘訣だと思います。」

 若者へのメッセージとして山田社長が語った言葉は、力強い響きを持っていました。

一方、椎葉さんは

「自分の人生は自分だけのものです。後悔のないようにチャレンジしてほしいと思います。一方で、自分がいる場所で果たさなければならない「責任」も確かにあると思います。表面的な自由度が減る側面もあるかもしれませんが、仕事や社会における自分の役割や責任を感じながら、その中で挑戦していく本質的な自由を大切にしてほしいと願っています。」

と、少し大人の視点で語ってくださいました。

楽観的で大らかなリーダーと、責任感が強く実直なナンバー2。 この二人がタッグを組んでいる限り、山田建設はどのような時代の変化も乗り越え、横浜の地で愛され続けていくのだろうと強く感じました。

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