ー大久保林産業/大久保仁史専務がつなぐ、森と人と地域の未来ー
大久保林産業株式会社 専務取締役・大久保仁史専務のお話は、どこへ転がっても面白く、気づけばこちらがどんどん引き込まれていました。
大久保専務は、ご自身のことを「勉強はできなかった」と笑いながら話されます。
けれど、お話を伺っていると、すぐに感じます。
大久保専務には、物事の本質をつかむ力があります。
それは、テストの点数や学歴で測るような賢さではありません。人を見る力、現場で瞬時に判断する力、経験を次の行動へとつなげていく力です。
幼い頃、家の中で索道の仕組みを見よう見まねで再現していたこと。
伊勢神宮の帰り道、兄弟で会社の方向性を決め、そのまま四電工へ向かった決断力。
思い通りにならない自然を相手に、考えることそのものを楽しめる探究心。
そして、一見ばらばらに見える活動を、「一本の軸から伸びる枝」と表現する言葉の感覚。
どのエピソードからも、大久保専務の地頭の良さと、本質を捉える力、驚くほどの行動力が伝わってきます。
暮らしの当たり前を、静かに支える仕事

私たちの暮らしの中には、当たり前のようで、決して当たり前ではないものがあります。
朝、電気がつくこと。
電話がつながること。
インターネットが使えること。
台風や大雪のあとも、日常が戻ってくること。
普段、私たちはそのありがたさを深く意識することは少ないかもしれません。
けれど、その “当たり前” の裏側には、電線や通信線にかかる木々を伐り、危険を未然に防ぎ、地域の暮らしを守っている人たちがいます。
大久保林産業株式会社。
1950年の創業以来、徳島の地で林業に向き合い続けてきた会社です。現在は、ライフライン支障木伐採、森林整備、素材生産、農林機械販売など、森と暮らしの間にある幅広い仕事を担っています。
大久保林産業は、四国電力送配電株式会社や株式会社四電工、四国通建株式会社、日本コムシス株式会社をはじめ、電力・通信・建設分野の多くの企業と取引を重ねています。
電線や通信線周辺の支障木を伐採し、私たちの暮らしに欠かせないライフラインを守ることも、大久保林産業の大切な仕事です。
災害時や台風、雪害のあとに、地域の安全を支える仕事。
森の中だけではなく、私たちの暮らしのすぐそばにある林業。
大久保林産業は、山とまちの境界に立ち、地域の日常を守っています。
幼い頃から、山の仕事は遊びであり、学びでした

大久保専務にとって、林業は「大人になってから選んだ仕事」ではありません。
物心がついた頃から、山の仕事はすぐそばにありました。お父様の仕事について現場へ行き、木が伐られる様子や索道が張られる様子、道具の使い方、大人たちの動きを見ながら、自然の中で何が起きているのかを身体で感じてきました。
小学生の頃にはチェーンソーにも触れ、中学生になると、土日は家業を手伝い、椎茸の原木づくりにも関わっていたといいます。
日当は500円。
仕事のあとに買ってもらうたこ焼きが楽しみだったそうです。
普通なら「手伝わされていた」と感じてもおかしくない年頃です。けれど、大久保専務は違いました。
「中学の時も、林業の仕事が好きだった」
その言葉からは、幼い頃から山の仕事が、大久保専務の中に自然と根づいていたことが伝わってきます。
誰かに細かく教えられなくても、見て、感じて、自分なりに再現する。大久保専務は、幼い頃からそうやって、山の仕事を身体で覚えてきました。
山の現場では、同じ状況が二度と訪れるとは限りません。木の形や傾き、地形、風、天候など、その時々の状況を読みながら、安全な方法を判断する必要があります。
大久保専務が長年、大きな怪我なく現場に立ち続けてこられた背景にも、幼い頃から教えられてきた安全への意識と、周囲を注意深く見る習慣があるのだと思います。
お父様とお母様、そして現場の大人たちから受け継いだものは、林業の技術だけではありません。自然を侮らず、目の前の状況をよく見て、自分の頭で考える姿勢。その積み重ねが、現在の大久保専務の判断力や行動力の土台になっています。
憧れの原点にあった、お父様の背中

なぜ、そこまで木を伐る仕事に惹かれたのでしょうか。
その問いに大久保専務は少し考えたあと、こう話してくださいました。
「父が、とにかくかっこよかった」
木を伐るお父様の姿。
山に立つお父様の背中。
自然を相手に、知恵と技術で仕事をする姿。
普段は穏やかな方だったそうですが、現場に立つお父様の姿は、幼い大久保専務にとって圧倒的にかっこよく映っていました。
父のようになりたい。
父の仕事を継ぎたい。
木を伐りたい。
その思いは、幼い頃から大久保専務の中にありました。
高校は県外へ進学し、家業から少し離れた時期もありました。その後、サッカー推薦で大阪の大学へ進みます。しかし大学1年の時、膝に大きな怪我を負い、サッカーの道を断念することになります。その出来事を境に、大久保専務の時間は再び徳島の山へと向かっていきました。月曜から水曜までは大学で学び、木曜から日曜は徳島へ戻って家業を手伝う。そんな学生生活が始まったのです。
大学時代、大久保専務は「4年間で学んだこと」をテーマに、論文を書く機会がありました。そこで選んだのは、教室で学んだ知識や学生生活の思い出ではありません。家業のこと、そして、ご両親がどのように働き、自分を大学へ通わせてくれたのかということでした。
大学4年間にかかった学費や生活費。そのお金が、どのような仕事から生まれたものなのか。ご両親が山に入り、木を伐り、汗を流しながら、自分の学びを支えてくれていたことを、費用も交えながら一つひとつ見つめ直したそうです。
論文には、お父様への尊敬も率直に綴りました。
自分にとって、お父様は憧れの存在であること。木を伐る姿が、誰よりもかっこよく見えていたこと。大学で過ごした4年間の根底にも、家業とご両親の仕事があったこと。
22歳の青年が自分の可能性を語るのではなく、ご両親の仕事と、その背中への敬意を正面から書いた論文でした。
その内容は高く評価され、関西の学生論文で優秀賞を受賞します。さらにテレビ番組の取材を受け、徳島まで取材班が訪れたそうです。放送後には、複数の大手企業から就職の声がかかりました。ご両親も、苦労の多い家業ではなく、安定した企業へ進むことを望まれました。それは、息子の将来を思う愛情だったのでしょう。
けれど、大久保専務の気持ちは変わりませんでした。
外の世界から評価され、新しい道が開かれても、心が向いていたのは徳島の山でした。
「父の背中を追い、家業を継ぐ」それが、大久保専務が自ら選び取った道でした。
夫婦二人三脚、そして息子へ

22歳で家業に入った頃、大久保林産業は決して大きな会社ではありませんでした。
お父様、お母様、そして大久保専務。
家族三人で現場を支えていた時代がありました。
お母様も現場に出て、索道を担当されていたそうです。ご両親は、夫婦二人三脚で山の仕事を続けてこられました。
大久保専務が家業に入った当時の手取りは、決して多いものではありませんでした。それでも、仕事が嫌になることはなかったといいます。
なぜなら、仕事そのものが好きだったからです。
木を伐ること。
山に入ること。
段取りを考えること。
自然の中で、思い通りにならないものと向き合うこと。
仕事の面白さについて、大久保専務は釣りに例えて話してくださいました。
魚が釣れることも楽しい。けれど、釣れない時に「なぜ釣れないのか」と考える時間が面白い。木を伐る仕事も同じだといいます。
自然は、人間の思い通りにはなりません。同じように見える木でも一本一本違い、地形や風、天候も現場ごとに変わります。段取りが思った通りにいかなかった時に、「何が違ったのか」「次はどうすればいいのか」と考える。その時間が面白い。
大久保専務にとって、林業は単なる作業ではありません。
自然と対話し、考え続ける仕事です。
「仕事=趣味」という大久保専務の言葉の奥には、ただ仕事が楽しいというだけではない、深い探究心があります。
伊勢神宮帰り、赤福を食べながら決まった覚悟

大久保林産業にとって、大きな転機となったのが2015年です。
当時、大手企業に勤めていたお兄様が、家業に戻ることになりました。お父様の病気もあり、家族で支え合いながら、これからの仕事を考える時期でした。
兄弟で伊勢神宮へ参拝した帰り道。
本来は、入院していたお父様のお見舞いに行く予定でした。ところが、道中で話が変わります。
これからは、直接仕事を取りに行こう。
下請けのままではなく、自分たちの覚悟で前に出よう。
若い世代で、これからのライフラインを守る伐採班をつくろう。
そう決めた兄弟は、お見舞いに買った赤福を二人で食べ、お父様のお見舞いには行かず、そのまま四電工へ向かいました。
アポイントがあったわけではありません。
提案書を準備していたわけでも、誰かに根回しをしていたわけでもありません。
けれど、大久保専務には覚悟がありました。
これから兄弟で会社をやっていく。
お父様の仕事を次の時代につないでいく。
若い世代で、徳島のライフラインを守っていく。
その思いを、真正面から伝えました。
普通なら、無謀だと言われるかもしれません。けれど、無謀に見える行動の奥には、本気の覚悟がありました。
形式よりも、まず動く。
会いたい人に会いに行く。
伝えるべきことを、自分の言葉で伝える。
その行動力は、聞いているこちらまでワクワクし、胸が熱くなるものでした。
大久保専務の熱意が伝わり、推薦状を書いてもらえることになり、契約の話が進みます。ところが、契約には「法人であること」が条件でした。
そこで兄弟は、法人化を決意します。
屋号は残す。
お父様が積み重ねてきた大久保林産業の名前を、次の時代へつなぐ。
2016年、大久保林産業株式会社は法人として新たなスタートを切りました。
小さな場所から始まり、土場を持ち、事務所を建て、高所作業車やトラックを増やし、社員を迎えていきました。
大きな仕事にも挑み、SNSを通じて全国から協力業者を募り、チームで現場をやり遂げたこともあります。
兄弟で覚悟を決め、家族で支え、社員や協力業者とともに走ってきた時間が、現在の大久保林産業をつくっています。
数字よりも、人の顔が見える経営を

会社は成長し、売上も設備も人も増えました。
けれど、大久保専務は、単に会社を大きくすることだけを目指しているわけではありません。
設備投資をし、人を増やし、仕組みを整えれば、事業をさらに広げることもできるでしょう。
けれど、そのために、お祖父様やお父様から受け継いできた大切なものを手放さなければならないとしたら。
お父様から学んだのは、人と人で仕事をすることでした。
愛情と感情を持って、相手と向き合うことでした。
現場で社員を褒めたい。
自分の目で見て、直接教えたい。
一人ひとりの顔が見える距離で仕事をしたい。
大久保専務は、ご自身の子供たちに、社員全員の名前を漢字で書けるようにし、年齢も覚えておくよう伝えているそうです。
会社のみんなのおかげで、今の暮らしがある。
だからこそ、社員のことを知らないままでいてはいけない。
そこには、家族経営の温かさと、経営者としての責任が同居しています。
ハスクバーナ徳島という、林業の誇りを育てる場所

大久保林産業のもう一つの顔が、ハスクバーナ徳島です。
大久保専務は、長年ハスクバーナの製品を愛用してきました。
日本伐木チャンピオンシップでは徳島県ブロック、四国ブロックで優勝し、全国大会ではベスト8に入った経験もあります。周囲が大会用に調整されたチェーンソーを使う中、大久保専務はノーマルのチェーンソーで勝ち上がったそうです。
現場で磨いてきた技術。
道具への深い理解。
ハスクバーナというブランドへの信頼と愛着。
それらが重なり、ハスクバーナ徳島という新たな拠点づくりへつながりました。
大久保専務が目指したのは、ただ機械を販売する場所ではありません。
本当に良いと思える道具を、最高の状態で届けたい。
安全に、性能を十分に発揮できるかたちで使ってほしい。
現場で働く人たちに、道具を通して誇りを持ってほしい。
道具を売るということは、商品を並べるだけではありません。その道具と現場、そして使う人の仕事を理解することです。
大久保専務は、現場で使い続けてきた人だからこそ、扱い方やメンテナンス、現場でどう活きるのかを、自分の経験として伝えることができます。
そして今回、ハスクバーナ徳島の店長である佐藤さんにも、大久保専務についてお話を伺いました。
「専務はどんな上司ですか」と尋ねると、佐藤さんはすぐに「カリスマですね」と答えてくださいました。
壁があっても、それをただの壁として見せない。
ピンチに見えることも「これはチャンスだ」と捉えさせてくれる。
「もっと高いところへ行ける」と、今いる場所より上の景色を見せてくれる。
佐藤さんのお話からは、大久保専務がただ引っ張るだけの人ではなく、周りの人に「自分もできるかもしれない」と思わせる人であることが伝わってきました。
もちろん、その育て方は決して甘いだけではありません。
佐藤さんは、大久保専務の指導を「スパルタです」と笑いながら話してくださいました。
「聞くな。まず自分でやってみろ」
初めは戸惑いもあったそうです。分からないことを聞きたい。教えてもらった方が早い。そう思う場面もあったといいます。
けれど、自分で悩み、考え、失敗しながら覚えていくうちに、仕事の処理速度が圧倒的に上がっていったそうです。聞いてその通りにやるよりも、自分で考えて解決したことの方が、確かに身についていく。
その経験を重ねる中で、佐藤さんは「専務の言っていたことは間違っていなかった」と感じるようになったと話してくださいました。
大久保専務が大切にしているのは、マニュアル通りにできる人を育てることではありません。
その人にしかできないやり方を引き出すこと。
その人自身の可能性を信じ、任せること。
人の真似ではなく、自分で考え、自分の道をつくっていくこと。
大久保専務は、佐藤さんのことを信じているからこそ、あえて簡単には答えを渡しません。
「ミスの責任は自分が取る。だから思い切ってやれ」
その安心感があるからこそ、スタッフは挑戦できます。前に転ぶことは、失敗ではなく、前に進んだという経験になる。そんな考え方が、ハスクバーナ徳島の空気をつくっているのだと思います。
佐藤さんは、ハスクバーナ徳島での仕事について、ただチェーンソーや草刈機が売れることだけがやりがいではないと話してくださいました。
修理やメンテナンスで預かった道具を見れば、使う人がどんな現場で、どんなふうに仕事をしているのかが見えてくることがあります。
「こうした方が、もっと長く使えますよ」
「ここを整えると、もっと安全に使えますよ」
そうやって、道具を通して現場の仕事を支えていく。
新品を販売するだけでなく、修理やメンテナンス、使い方の相談まで含めて、森で働く人たちがより良く仕事ができるように支えること。それが、佐藤さんにとってのやりがいになっています。
そして今、ハスクバーナ徳島には、大久保専務のつながりだけでなく、「佐藤さんがいるから」「ゆうちゃんがいるから」と訪れる人も増えているそうです。
道具を買いに来るだけではなく、人に会いに来る。
相談しに来る。
この店の空気に触れに来る。
そこに、ハスクバーナ徳島という場所の面白さがあります。
ハスクバーナ徳島は、道具を届ける場所であると同時に、人が育ち、人が集まり、林業の技術と誇りを次の世代へ伝える場所でもあるのです。
仲間は、最大の投資

取材の中で、とても印象に残った言葉があります。
「最大の投資は、仲間」
大久保専務にとって、お金はあくまで道具です。設備投資にも、人材育成にも、未来への挑戦にも必要ですが、それ以上に大切なのが、同じ方向を見てくれる仲間の存在だといいます。
一般社団法人もりまちレジリエンスでともに活動する理事、鎌田さん、大岡さん、井貝さん。そして、喜多機械産業をはじめとする地域の仲間たち。
損得だけではなく、地域の未来や森のあり方を一緒に考えられる人たちがいる。その価値は、お金では買えません。
もりまちレジリエンスは、森・まち・海の循環を見つめ、地域の防災や木材活用、一次産業の未来に向き合う団体です。林業、製材、建設、重機など、それぞれ異なる専門性を持つメンバーが集まっています。
大久保専務は、その中で現場の声を届ける存在です。
仲間に対しても、必要だと思うことは率直に伝えます。それは対立したいからではありません。本気で地域を良くしたいからです。
できないことは補い合えばいい。
それぞれの強みを持ち寄ればいい。
プライドで壁をつくらず、ともに成長すればいい。
仲間とは、ただ仲が良いだけの関係ではありません。時には厳しいことも言い合い、意見をぶつけながら、それでも向いている方向は同じだと信じられる関係です。
そんなつながりこそが、地域の未来を動かす力になるのだと思います。
一本の軸から伸びる枝

大久保専務の活動は、本当に幅広いものです。
大久保林産業。
ハスクバーナ徳島。
もりまちレジリエンス。
植林プロジェクト。
リース事業。
そして、今後構想されている新たな事業。
普通に見れば、「多岐にわたる活動」と表現したくなります。
けれど、大久保専務はこう話します。
「一つのことをしているだけ。一本の軸があって、そこから枝が伸びているだけ」
ライフライン伐採は、暮らしを守る仕事です。
ハスクバーナ徳島は、現場の質と誇りを高める仕事です。
もりまちレジリエンスは、森とまちの関係を編み直す仕事です。
植林プロジェクトは、次世代に森の意味を伝える仕事です。
新たな事業も、現場の課題を解決するために生まれています。
すべてが、森と人と地域をつなぐ一本の軸から伸びています。
周囲から見れば、驚くほどのバイタリティです。けれど、大久保専務にとって、仕事や仲間に向き合うことは、特別な努力ではなく、日々の暮らしの一部なのかもしれません。
若者が時代を変える

大久保専務のお話からは、若い世代への大きな期待も感じられました。
大久保専務は、自分たちの世代を「令和の時代に迷い込んだ昭和の侍」と、ユーモアを交えて表現します。
昭和のやり方には、昭和の良さがあります。
平成のやり方には、平成の良さがあります。
そして令和には、令和のやり方があります。
今の若者は、テクノロジーを使いこなす力を持っています。けれど、その力を十分に発揮できる場所や空気が、まだ足りていない。だからこそ、大久保専務は、若者にリーダーになってほしいと話します。
上の世代がいつまでも前に立つのではなく、若い人たちが現場を変え、時代を変えていく。そのための場所をつくり、任せることが必要だと考えています。
実際、大久保林産業では、若い社員が重要な役割を担っています。ITツールを活用し、上の世代にはない感覚で現場の情報を整理し、仕事を進めているそうです。
大久保専務は、若者に期待するだけではなく、任せる覚悟を持っています。
林業は、これからの時代にこそ必要とされる仕事です。自然と向き合い、技術を磨き、機械を使いこなし、地域のインフラを守る。そこには、これからの時代に必要な力が詰まっています。
そして、お父様の背中を追いかけ、自らの人生を切り拓いてきた大久保専務の姿そのものが、若い世代への力強いメッセージになっています。
木を伐る人から、未来を育てる人へ

大久保専務にとって、仕事とは、生き方そのものです。
木を伐ること。
お父様の背中を追いかけること。
社員を育てること。
兄弟で会社を守ること。
仲間と補い合うこと。
森とまちをつなぐこと。
若者に場を渡すこと。
子供たちに未来の森を残すこと。
それらはすべて、大久保専務の中で一つにつながっています。
木を伐る仕事は、単に木を倒すことではありません。
そこには、危険を読む力があります。
自然と対話する知恵があります。
地域の暮らしを守る責任があります。
次に育つ森を見据える視点があります。
そして、人から人へ受け継がれてきた技術と誇りがあります。
大久保林産業は、徳島の森と暮らしを支えてきた会社です。
今、その役割はさらに広がっています。
森を守る会社から、森の価値を伝える会社へ。
ライフラインを支える会社から、地域の未来を育てる会社へ。
林業の現場から、若者や子供たちが未来を考える入口へ。
その中心にいるのが、大久保仁史専務です。
走りながら考える人。
考えながら動く人。
人を巻き込みながら、未来の景色を見に行こうとする人。
そして、ユーモアと愛嬌で人を笑わせ、惹きつける人です。
BAMBOOにまた一人、力強く、あたたかく、そしてとびきり面白い仲間が加わりました。
大久保専務の物語は、林業の物語であり、家族の物語であり、地域の物語でもあります。
木を伐ることは、終わらせることではありません。
暮らしを守り、森を整え、次の命が育つ場所をつくることです。
大久保林産業の歩みは、これからも徳島の森とともに続いていきます。
▼大久保林産業株式会社 公式サイト
https://www.okuboringyo.co.jp/